Tarochan

風の吹くままに~ 下手な写真と感じた事を北海道から呟いてます。


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Category: my self   Tags: ---

何故、僕がSpiritualismに落ち着くのか

どうして僕はココに落ち着くのか

不平等
母は小児麻痺の為に片足が不自由。
歩くことが出来ないので、当然ながら僕のように山や沢を自由に歩きまわる事が出来ません。
綺麗な高山植物や綺麗な自然を見せてあげたいなと思っても、車椅子で行ける場所は限られます。
本人は気丈なので今まで愚痴一つ聞いた事はありませんが両足が自由ならば、まったく違った人生だったと思います。

隣の国では満足に食べるものもなかったり、交通事故に遭っても病院代が支払えない為に
満足な治療を受けれなかったり、悲惨な戦争やテロで亡くなったり。
従兄弟は幼くして小児がんで亡くなったり。
自分は五体満足で生まれ、好き勝手に週末は山歩いて何一つ不自由なく生きている...
同じ時代に生きてるのになんて不平等な世の中なのか。

独身の頃、海外旅行先で男の性と言うのか売春宿にも立ち寄った。
僕は日常会話くらいの英会話は出来たので、入室して女性と話をしてると彼女の生い立ちがとても悲しい。
とてもじゃないけどチ○コも勃たないわこりゃw お金を払い、お話だけで帰ってきた。
そして数年後、今度こそは遊んでみたいなと、また懲りずに違う国の売春宿に...
そこの女性と話をすると妹はアジア、姉はヨーロッパに売られてしまったとのこと。
そして僕に”お願いだから私をココから逃がして下さい。どんな仕事でも頑張りますから”とお願いされる。
参ったな。自分が世界的な事業家だったら、現地に彼女達が売春以外で稼げる職を世話してあげれるのに
現実の僕にそんな力は無い。何とかしてあげたいけど、何にも出来ない力無い自分。
正直、とても心が凹んだ。 そして、このときも彼女にお金だけ渡して帰ってきた。



宗教
僕は14歳でキリスト教に入信し、15歳でアメリカに留学した。
その宗派の発祥の地に渡り、若い僕はそこに住む人々は皆が聖人のような人たちが集まってる場所だと勝手に想像してた。
しかし現実には、無宗教の時の自分達と変わらない良くも悪くも普通の人間の集りであり、その現実にショックを受けた。
それまでは、その宗派が絶対だと思っていたが、その宗派以外の方達の優しさも沢山感じることが出来
16歳の頃には神は人それぞれの心の中にあり、個別の宗教のみにあるのではないと感じた。
帰国後、その教会に通うことはなくなった。

現在の僕は無宗教。
人それぞれなので、宗教を信じることによって幸せ感じる方はそれで良いと思う。
但し、未だに宗教戦争があるのはとても残念なことだ。
互いに理解は出来なくても、干渉する必要はないと思う。


お金
18歳から20歳までは東京に居ました。
派手な生活、浮き沈みする人々の姿を見てきました。
お金は沢山稼げても、はっきりした目的がないとダラダラ使ってしまい結局何も残らない。
また稼ぎ方に問題があるような職業だったので続けるには罪悪感が強まり、その世界から足を洗い北海道に戻りました。


20代、30代、40代と色々感じてきました。
(書くのが疲れてきたので、今日は無理やり締めます)

僕自身の死後は無であっても構わないです。
ただし、この世で苦労された方々があの世で報われるならとても嬉しいことだと思います。


bali20030002.jpg
(旅先で知り合い、数日間世話になった家族)


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テーマ 心の持ち方    ジャンル 心と身体



 

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